東京高等裁判所 昭和42年(う)2328号 判決
被告人 山田実
〔抄 録〕
所論は、原判決が証拠とする証人大塚勇の供述が、同人作成の現行犯人逮捕手続書の記載と細部においてくいちがいが多く、同人の証言それ自体不自然で信用できないこと及び被告人の供述が度々変つていることからみて、その自白調書の内容が不合理で疑わしいことを挙げて、これを証拠として原判示事実を認定したのは、事実を誤認したものであつて破棄を免れないと主張する。
よつて記録並びに当審における事実取調の結果を綜合して考察すると、伊東警察署伊東駅前派出所勤務巡査大塚勇(当時二三歳)は、昭和四一年一月三日伊東市内の伊東温泉競輪に多数観客が入場し、機動隊も警備のため出動していた状況にあつたがため、特に上司から命令されていたわけではなく、又右競輪場は大塚巡査の勤務する伊東駅前派出所の受持区域には属していないのであるが、同競輪場の警備応援の目的で私服で同競輪場に赴いたものの、第一レースの車券を買つたこともあるし、すりの警らには二人一組となつてこれに当るのが通常であるのに、特に大塚がそのような警らの仕方をしていたとは認められず、当時手錠や捕繩も身につけていなかつたものであり、又同日の第五レースの直前である午後一時三〇分ごろ同巡査は車券発売所窓口の前付近に立つて競輪新聞をみていたとというのであつて、競輪新聞を見るが如く装つて車券発売所前の状況を監視しながらすりの検挙に当つていたというわけではないが、ともあれその後窓口が閉められる時刻になつたから、そこを離れ警備詰所の方へ一〇メートル位歩きかけた折、ばらで金を入れていたズボンの右脇ポケツトになに人かの手が入つたような感触を受けたので、左手でズボンの上からこれを押え、体をひねつて振り向き、それが被告人であることを現認したうえポケツト内の現金をすり取ろうとするものと認めて、これを逮捕するに至つたものであるが、その頃車券発売が締切られようとする際であつたから、右発売所前は特に多くの人々が混みあつていた状況も窺えるので、或いは何かの錯覚によつて被告人をすり犯人と間違えて逮捕したのではないかと認められないではないから、更に進んで、被告人の手が真実右大塚のズボンのポケツトに入つていたのかどうかを審究するに、この点原審並びに当審証人大塚勇は「被告人の手がズボンの右脇ポケツトに入つていたことは確実で、自分はこれを左手でズボンの上から押え、体をひねつて振り向き、被告人であることを確かめた上、その手をポケツトから抜いたところ、それは右手であつた旨くり返し述べているのであつて、右証言によれば被告人の右手が大塚のポケツト内に入つていたのを押えたから、被告人をすり現行犯人として逮捕したものであることが略々間違いないといえないことはないかのようであるが、大塚はその日私服であつて、ワイシヤツの上にカーデイガンを着て、なおその上にジヤンパーを着用していたところ、右ジヤンパーの裾はズボンのポケツトを覆いかすだけの長さがあるので、右大塚において人の手が入つたとの感触を受けて、直ちにこれを押えたといつても、垂れ下つているジヤンパーの裾にかくれて果してその手がポケツト内に入つていたかどうかを見ることができたかどうか疑いなきを得ないし、又体をひねつてまだポケツトに入つている被告人の手を抜いたと述べているのも、ジヤンパーの下でなされたものであり、ジヤンパーの裾をまくり相手のどちらの手がどのようにポケツト内に入つていたかを確認していなかつたものであつて、従つて大塚は自分の触感だけに頼つて、その経験した事実を確実であるとして述べているに過ぎないことが窺われる。もしそうでなく、被告人の手がズボンのポケツトに入つていることを大塚自身現認しているのであれば、同人はそのことを明白に証言する筈である。ところが同人は一旦は手が入つているのを現認したかのように述べたものの、引続き弁護人からそれは見えないのではないかと問われるや「見えません、感じです」と答え、検事から更に「入れられた手を自分のももに触れた感じで現認しているのか」と聞かれ、「はい」と答えているのみであり、ジヤンパーの裾をまくつて見たとは述べていないのみならず、その他同人が被告人の右手がポケツトに入つていたことを現認し得るような事実についてはなにも言及していないからである。殊に右大塚証人の証言では、相手は別に手を抜こうとした感じがなかつたというのである。被告人の手がポケツトに入つたことを、ももの感触だけでなく、目でこれを確めるべきであり、当時大塚がそうした行動に出ることを妨げるような状況がなかつたことが認められるのに、大塚においてそこまではつきりしたことを確認しないで直ちにすり現行犯人として被告人を逮捕したことは、警察官として犯人逮捕の心構えにおいて、いささか不用意であつたともいえるのである。そうとすれば、同日午後一時三〇分ごろ車券発売所前は発売締切を目前に控えて多くの人で混雑していたことは先に説明したとおりであり、大塚がその雑踏の中を警備詰所へ行こうとして歩行中、偶々同人のそばにいあわせた被告人が、人から押されるか、又は自らよろめいたりしたはずみで、その手が大塚のズボンの右脇ポケツト付近に触れるようなことがなかつたとはいえないし、そうしたことが大塚にとつても思いがけぬ事であり、大塚が左手でポケツトの上から相手の手を押え、体をひねり、その手を抜く迄にそれほど時間がなかつたわけでもないから、その際ジヤンパーの下で被告人の手が果してポケツトに入つていたかどうかを確めるだけの慎重さを欠いた大塚の側にも、とつさのこととて何らかの錯覚があつたのではないかと認めても、あながち不合理なことではないといわなければならない。なるほど大塚は当時ジヤンパーの下にカーデイガンも着用していたものではあるが、ジヤンパーは元来くつろぎ着で裾まわりがゆつたりしているばかりか、当時大塚はその一番下のボタンを外していたというのであるから、何かのはずみでジヤンパーの下にあるズボンのポケツト付近に人の手が触れることが不可能ではないし、カーデイガンは、体に密着しているから体の動きに伴つてズボンのベルト付近を覆う程度となり、いつもズボンのポケツトの切口を覆うような状態にあつたとは認め難く(当審検証調書添付写真参照)従つて右ジヤンパー及びカーデイガンを着用しているからといつて、故意にポケツトに手を入れるのでなければ、偶然に手がポケツトに入ることが絶対にあり得ないものともいえない。又大塚のズボンの仕立が体に合つているためそのポケツトに手が入つていることを、大塚が体の感じで知つたとしてもそれが一概に間違いであるといえないことは先に説明したとおりである。されば仮に百歩を譲り、何らかのはずみで被告人の手の一部が大塚のズボンのポケツト内に入つたものであるとしても、被告人は、当日妻末子を連れて伊東、熱海方面に映画見物に行く途中、第四レースの直前に競輪場に立ち寄つたもので、当時被告人が所持していた二、四〇〇円位の金を全部競輪でなくしてしまつても、妻末子はなお、七、〇〇〇円ぐらいの現金を所持していることを知つている被告人にとつては、第四レースに二〇〇円を投じ更に第五レースの分を一〇枚分金一、〇〇〇円で買つた直後に俄かに残金が少く心細くなつてつい本件犯行にでたものであると断ずるのも合理的とは認められないのみならず、大塚のポケツトにいくら金が入つているのか知りもしない被告人が、人ごみで混雑している中とはいいながら現に歩行中の大塚のズボンのポケツトにいきなり手を入れてくるというのも、当時の被告人と大塚との体位及び周囲の情況から見てたやすく首肯し得ないところであつて、それが競輪場という人の心に異常な昂奮を感じさせる特殊な環境にあつたというだけでは納得し難いところである。
以上のとおりとすれば、被告人の司法警察員並びに検察官に対する供述調書及び裁判官の質問調書など被告人が不利益な供述をしているすべての証拠を綜合してみても、被告人が現金窃取の目的で大塚勇のズボンのポケツトに手を入れたとの事実を認定するには、なお合理的な疑いの存することを免れないところであり、結局本件公訴事実の証明がないことに帰するから、右とその論旨を異にする原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて本件控訴はその余の論旨につき判断するまでもなく、理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により直ちに次のとおり自判する。
本件公訴事実は、「被告人は昭和四一年一月三日午後一時三〇分頃伊東市岡細久保一二八〇番地伊東温泉競輪場内特別観覧席便所下付近において入場者の混雑を利用し、大塚勇(二三年)の後方より同人のズボン右ポケツト内に右手を入れて金員を窃取せんとしたが、同人に発見され、その目的を遂げなかつた」というのであるが、結局その犯罪の証明が十分でないから、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をなすべきものである。
(松本 山岸 石渡)